離れ離れ

 

 

「ねぇ何で高等部にそのまま行かないんだよ」

「仕方ないじゃん引っ越すんだから」

「オレの家に下宿すれば良いじゃん」

「できるわけないっしょ」

「部屋なら余ってる!てかオレの部屋で一緒に・・・」

「そーゆー問題じゃないの!大丈夫だよ。オレと逢う前に戻るだけ。明日朝起きたら一年前の入学式に戻ってるの。それでオレとは出会わなかった。出会う前は一人で大丈夫だったんだから」

笑顔でそう言った菊丸は越前の頭をクシャッと撫でた。その手を振り払ってガラにもな大声を出した。

「そんなふうに思えるワケない!出会わなかった事になんか出来ない。だってもう出会ってるんだから」

菊丸先輩・・・・いつもはオレより子供なのに今は逆。

「バカだな言ってみただけ。そんな涙目になって・・・おチビらしくないぞ」

言いながらオレを強く抱きしめてくれた。いつもはオレが抱きしめてるのに、まるで母が子供を抱きしめる様に。

「いつでも会えるから・・・・ね。オレ達大丈夫だから」

「菊丸先輩は何でそんなに平気な顔で笑ってんのさ・・・・離れ離れになるのに」

「んー。おチビがさ高校生になったら試合とか出来ちゃうかも・・・それも楽しみじゃん・・・・

って全国大会に出れなきゃ意味ないけどね。青学は行けるとして、オレの行く高校がヤバイかな」

真剣にそんな事考えてる。どうしてこの人はそんな事考えられる?オレの事本気じゃないのかよ。

「菊丸先輩!」

「おチビ、まだまだ一緒にいられるんだから・・・・そんな話し止めよう」

菊丸はそう言ってまた越前を抱きしめた。

 

 

 

 

毎日一緒にいたいのに。

一時だって離れたくないのに。

どうして菊丸先輩はオレといてくれないんだよ。もう一緒にいれないのに・・・・・他の誰かといつも一緒

菊丸先輩は人気あるから・・・・・皆も一緒にいたいのは分かる。
けど・・・・・



「あぁ英二先輩今日も来てくれたんスか?良いんスか明日出発なのに」

「ま・・・ね。暇だしさ・・・・・」

「菊丸先輩・・・・・じゃ今日はオレと試合しよ。ただの試合じゃつまんないし、負けた方は勝った方の言うことなんでも聞くの」

「・・・・・オレダブルス専門だって。それにおチビには敵わないょ」

ニッコリ笑ってクルクルとラケットを回した。

「んじゃオレ右手でやるし」

「先輩を馬鹿にすんな」

「・・・・・だって」

「練習は付き合ってやっからさ。とりあえず走りますか」

 

 

そう言って菊丸は越前の腕を引っ張り走り出した。

グラウンドを走るのではなく、校内を走るのではなく。

学校を出て、目に焼け付けるように何時も行く書店の前を走り、ハンバーガーショップの前を通って、ストリートテニス場の脇を走った・・・・・

そんな菊丸先輩の横顔をじっと見て走ってた。でも菊丸先輩の顔はぼやけてよく見えなかった。気付かないうちにオレは泣いてた。

楽しかった一年。

もうこの人がいないとオレは生きていけない・・・・・。

この人がいない生活なんて考えられない。

「・・・・菊丸先輩!」

立ち止まって菊丸の名前を大声で呼んだ。

「う?どったのおチビ」

「先輩はオレの事好き?」

「うん・・・・・何泣いてんの?バカだなぁ」

ジャージの袖で涙を拭いてくれて・・・・・それから優しくキスしてくれた。

先輩の瞳も潤んでた。

「最後にさ・・・・・こうしておチビと二人でこの町の風景見て・・・・・心に残したくてさ・・・・・付き合ってくれてサンキュ」

「オレも菊丸先輩と一緒に走れて嬉しかった」

「うん」

 

 

 

 

 

 

次の日テニス部総出で菊丸の見送りに行った。やっぱり不二が一番近くにいたりする。

「英二・・・・・元気でね。夏休みに会いに行くから」

「うん。待ってるにゃ」

不二先輩・・・・・マジ行きそう小遣い貯めこんでそうだもんな

「英二、高校でもペア組めると思ってたのに」

「んじゃプロでまたペア組んじゃう?」

冗談まじりに本気っぽく言ってる

「菊丸・・・・・全国大会で会おう」

「会えるかにゃ・・・・・オレ頑張ってレギュラーになんないとね」

手塚部長らしいね

先輩達に・・・・・一人一人挨拶かわして他の部員にも笑顔でサヨナラ言って。

また涙が溢れそうだった。 桃先輩ってば置いていかれる犬みたいに泣いてるし、俺も泣れば良いのに、変なプライドがそれを許さない。

皆の前でなんか泣けないよ

菊丸先輩、俺には何も言わないで頭を撫でただけだった。

「サヨナラ」

の一言さえ

菊丸先輩は会えるって言ったけど、現実・・・・・オレ、中学のガキだよ。そんな遠くまで行けるワケないじゃん

オレ・・・・・

まだまだッスから

 

今日で本当のサヨナラ。

 

 

 

先輩達と別れて自分の部屋で改めて思う。

もう・・・・・近くに菊丸先輩はいない。

これからどうすれば良い?

菊丸先輩がいないこの街でオレはどうやって過ごして行けば良い?

そんな気持ちを越前は無意識にメールしてた。さっき泣けなかった分ポタポタと涙が零れ落ちてくる。

先輩、結局オレの事名前で呼んでくれなかったんだ。

「おチビ」

でも菊丸先輩しか呼んでなかったね。

大好き・・・・・

大好き・・・・・

 

 

♪♪♪

メールには一言だけ

「リョーマ・・・・・好きだよ」

と書かれてた。

それだけで越前は嬉しかった

 

 

 

 

次の日から、越前リョーマらしくもない。毎日メールをしていた。朝起きて、学校で、部活終了後、寝る前。本当は声も聞きたいけど、都合悪いかも・・・・・とか考えるとやっぱりメールになっていた。

菊丸もカワイイ絵文字付きで返信していた。

なんかオレ女子高生みたいだ。その日あった事をメールしてくれた。たまに不二先輩と電話で話した・・・・・なんて聞かされるとムッとしたり。何で恋人の俺と電話しないで不二先輩とばっかり。なんてね。

離れ離れになったら少しずつお互いを忘れていく・・・・・他に好きな人ができる・・・・・なんて思った時もあったけど、違っていた。

やっぱり越前は菊丸が好きで忘れられない。菊丸以上に好きになれる奴なんかいなかった。

 

菊丸先輩

先輩は?

離れてもオレの事好き?

毎日メールくれるけど心配なんだ・・・・・

逢いたい

逢いたい

逢いたい

 

 

 

手塚部長が言ったようにオレは青学の柱ってヤツになれてるのかな

菊丸先輩が側にいてくれたらもっと自信がつくのに・・・・・

いろいろ考えてたら聞き慣れた着信音。

「菊丸先輩!?」

越前は慌てて電話に出た。

『よっ!元気してた?青学の柱ってヤツ頑張ってるかにゃ?』

「そんなの名ばかりッス」

『皆元気?この前不二とは話したんだけどさぁ・・・・・高等部の先輩弱いくせにイキがっててムカつくんだって言ってた。不二がひと睨みすれば良いのにねー。スポーツなんて実力なんだからさぁ手塚も相変わらずなんでしょー。眉間に皺寄せてさぁ』

「そんな事いってアンタはどうなんスか?」

『んー?オレ?オレも相変わらず。でもさぁ、ダブルスやりたいんだけど組んでくれるヤツいないんだよねぇ。にゃんでだろ・・・・・だから今シングルだよー。超つまんない』

「組んでくれるヤツがいないんじゃなくて、組めるヤツがいないんじゃないッスか?」

『にゃんだよソレ?オレが気ままにプレーしてるっての?』

「違うッスよ。菊丸先輩の実力についていけてないって言ってるんス。大石先輩や不二先輩みたいにさ・・・・・」

久しぶりに聞く菊丸の声。

相変わらず猫語も使って。高校生にもなって・・・・・なんて口が裂けても言えない。と思った。ちょっと鼻にかかった舌足らずな話し方が心地良く耳に入ってくる。

近くで聞きたい。

電話ごしじゃなく。

逢いたい・・・・・

『夏休み行けたら行こうと思ってるんだけど、おチビ部活の予定とか分かったら教えてよ。不二にも聞いておかなくちゃ』

「菊丸先輩と逢えるの?」

『まだ分かんにゃいよ・・・・・オレも部活あるしさ予定合わなくちゃ意味ないじゃん?』

「分かったら直ぐ連絡するから」

『そん時はおチビん家泊めてね・・・・・』

「え?不二先輩ん家じゃなく?オレん家?」

思わず言ってしまった。

『ん。不二ん家でもイイケド・・・・・おチビはその方が良い?』

「そんなの良いワケない!オレんとこ真っ直ぐ来いよ」

『はいはい・・・・・』

一時間位話したのかな・・・・・あっという間だった。沈んでた気持ちが浮上した感じ

また明日から頑張れる

 

夏休みまであと一ヶ月ちょっと。充電は十分じゃないけど・・・・・。

来月菊丸先輩に逢える!そこで充電満タンにすれば良い。成長したオレを見てもらうんだ。身長だって大分伸びたし・・・・・菊丸先輩きっとビックリするよ。

楽しみ。

 

 

 

でも・・・・・結局菊丸先輩は来なかった。

八月に入った頃電話がきて・・・・・泣きそうになりながら「ごめん」の一言。部活がずっとあって休めないって。一年生だから仕方ないっても言ってた。

そんな風に言われたらオレだってワガママ言えないじゃん。

もう充電切れちゃうよ。

メールでいつも「逢いたい」って伝えるけど答えてくれない。やっぱりオレの事もう好きじゃない?

だったらハッキリ言ってほしい。

「もう好きじゃない」って・・・・・

 

どうすれば良いんだよ。

オレどうにかなりそうだ。

 

 

 

 

逢えなくなって八ヶ月。

限界だよ

 

「おい越前・・・・・最近元気ないな」

桃城が心配そうに覗き込む。

「部長になったんだからしっかりしろよ」

これが菊丸だったら・・・・・菊丸に言われたら元気になる・・・・と内心思った。

 

街中を桃城と歩きながら大人ぶって喫茶店に入った。気付けば周りはカップルばっかり。

世の中はクリスマス。

こんな日にオレは桃先輩と何してんだか・・・・・なんて思った。

てか、今日俺の誕生日だし。そんな事も忘れてた。菊丸先輩は覚えててくれてる?そういや菊丸先輩の誕生日おもいっきって電話したっけ。家族にお祝いしてもらってたって・・・・・誕生日パーティーなんて小学生以来やってないよ俺。なんか菊丸先輩って感じがしたな。あん時は・・・・・

 

「桃城くん!」

後ろから聞き覚えのある女の声がして2人が振り向いたその先には橘の妹の杏と竜崎桜乃の姿。

「リョーマくん・・・・・」

「ん?」

苦手なんだよねコイツ

「あ・・・・・あの」

「もう!ハッキリ言いなさいよ。折角ここで会えたんだから」

そうそう ハッキリ言えよ

「あの・・・・・今日」

「今日何?」

ちょっとムッとして言ったら黙ってしまった。だから苦手。

イラつく。

「越前そんな言い方ねぇだろ・・・・・なぁ」

「はいはい・・・・・で、今日何?」

「リョーマくんお誕生日だから・・・・・あのコレ」

リボンのついた紙袋を目の前に出されたけど。

おぃおぃこんな所で何考えてるんだよこの女。

「お?やるじゃん越前。隅におけないねぇ」

いや!むしろ隅の隅に追いやってくれてかまわないんスけど・・・・・

「早く受け取れよ」

桃先輩絶対面白がってる。ムカつく

ムッとして桃先輩を睨んだ時ポケットの中の携帯が鳴った。神の助けだ!しかもこの着信音は愛しの菊丸先輩。

「もしもし!菊丸先輩!」

『やっほーおチビ。誕生日おめっとさん』

「あ・・・・・覚えててくれたんスか」

『ま、ね・・・・・で今どこにいるの?』

「え?あ、駅前の喫茶店桃先輩と一緒ッスよ」

『クスクス。。。知ってる・・・』

「え?」

電話ごしに聞こえる菊丸の声と実際に聞こえる声。

越前が振り向くとそこには菊丸が立ってた。

夢?

幻?

オレ・・・・・とうとうおかしくなった?

「おチビ・・・・・なんて顔してんの」

「ほ、本物?」

「本物?って何ソレ」

菊丸先輩の笑顔が懐かしくて、まぶしくて・・・・・

「オレんとこ真っ直ぐ来いって言うから来たのになぁ・・・・・」

口を尖らせて横目でオレを見下ろす。

「おチビの家に電話したら帰ってないって言うから桃とこの辺にいるかなぁって思ってさ。」

「英二先輩!戻ってくるなら連絡して下さいよ」

「メンゴ。脅かそうと思ってさ」

盛り上がってる越前達についてこれない女子二人。越前と桃城は別に気にしてなかった様子だったが菊丸は違い二人に声かけた。

「ね、これから皆でクリスマスパーティしよっか?」

キョトンとした二人の顔がマヌケで笑いそうになったのを越前はガマンした。

「私は遠慮しとく。そろそろ帰らなくちゃ。遅いとお兄ちゃんがうるさくて。じゃ、サヨナラ」

ヒラヒラと手を振って杏は店を出ていった。

「桜乃ちゃんと桃は?」

「あの・・・・私も帰らないと・・・・」

「オレも今日は帰ります。明日どっか皆で集まりましょうよ。声かけとくんで!しばらくいるんですよね?」

「うん。2〜3日いるつもり。じゃぁ明日楽しみにしてるよん」

 

店を出た後ようやく菊丸先輩と2人になる事ができた

満面の笑みとを振り撒いて俺と手を繋ぎ歩き出した。

照れもしないで、周りも気にしないで。

ねぇ周りからはどう見えてるんだろうね?

ちゃんと恋人に見えるかな

「ねぇおチビ・・・・・プレゼント何が良い?」

「え?」

「誕生日じゃん。桜乃ちゃんからも貰いそこねちゃったしね」

ウインクしながらちょっと意地悪く菊丸は言った。

「・・・・・もらっても良かったんスか?」

「ほしかったの?」

小悪魔っぽい笑顔を見せた。

「そんな話止めましょう!あんたがいてくれれば何もいらないから」

オレの気持ちを試されてるみたいでちょっとムッとした。でもそんなオレを見て菊丸先輩は嬉しそうだった。さっきよりも♪飛ばしてオレにひっぱられてる。

こんな人ごみの中にいるよりさっさと家に帰った方が良い。

早く二人になってこの人を抱きしめたい。

オレの手を握った先輩の手に力が入った。オレも答えるように握り返した。

 

 

 

 

 

ベットをソファー代わりに並んで座っている菊丸のひざの上にはカルピンが気持ちよさそうに眠っていた。

「菊丸・・・・先輩」

「にゃに?」

「・・・・触れていいッスか」

俯いて菊丸に聞く。

「なんでそんな事聞くの?聞かなくても・・・・触れてほしいって思ってるのに」

左手で菊丸の頬にそっと触れた。

何ヶ月ぶりだろう

こうやってこの人に触れるのは・・・・・

緊張して心臓が破裂しそうだった

試合でだってこんなに緊張しないのにそんな事さえ考えていた。

 

「逢いたかった・・・・」

「ぅん。オレも逢いたかったよ・・・・もうガマンできなかったんだごめんね突然来ちゃって」

「すっごい嬉しいッス。最高の誕生日プレゼントだよ」

菊丸の大きな瞳に零れそうな涙。

瞳を閉じるとその涙が零れ落ちた。

「誕生日おめでとう」

触れるだけの優しいキス。

菊丸からの誕生日プレゼント。

MerryXmas

抱きしめて・・・・熱いキス。

越前からのクリスマスプレゼント。

 

 

隣で吐息をたてている菊丸を見つめながら越前は思っていた

 

またしばらく離れ離れだけど・・・・

今度はオレが逢いに行くから

待っててよね

そん時はおチビなんて言わせない。

だってオレの方が大きくなってると思うし。

ちゃんと『リョーマ』って言ってもらわないとね

恋人なんだからさ・・・・・・