落日-らくじつ-



愛してるなんて絶対に言えない

今さら




「あれ手塚、今日は一人か?珍しいな」
部活終了後、竜崎と話しをしていた大石は、一人遅れて部室に戻った。
「俺が一人でいると珍しいか?」
帰り仕度をしながら手塚が答える。
「いや・・・・いつも英二が一緒にいるからさ」
「今日は家の用事があるらしくてな。いつにもまして荒ただしく帰って行った」
少し微笑んで手塚が言う。
「そうか・・・・」
―――――胸の奥がズキンと痛んだ。

手塚と菊丸が付き合いだしてからずっと大石はこの胸の痛みに悩まされてきた。
普通にしなくちゃいけない・・・・・・・その事がさらに大石を追いつめていた。





菊丸の事を話す手塚が微笑むのも
幸せそうにしている手塚を見るのも
苦しくて苦しくて仕方ない・・・・・・。




「もうすぐ試験だな」
「ああ」
こうして手塚と2人で帰るのは久しぶりだな。と大石は思った。
前は、こうしてよく2人で帰ったりしていたが、最近は菊丸が手塚を待つようになり、一緒に帰るので
大石は見送る側になっていた。
「そうだ手塚、たまにはうちで一緒に試験勉強でもしないか?」
「あぁそれなら菊丸が俺と不二と大石の4人でやろうって言っていたな」
「・・・・4人で?」
大石の顔が曇る。
「菊丸が言うには俺はスパルタだから2人ではやりたくないそうだ」
「はは・・・そうか・・・英二らしいな」
手塚の口から当たり前のように菊丸の名が出てくるのが大石の胸を締め付ける。
大石は別に菊丸の事が嫌いなのではない。
「じゃぁ、また明日」
「あぁじゃあな。手塚」
そう言って別れた後手塚の後姿を大石はぼんやり見つめる。


大石は手塚の事が好きだった。


でも、その気持ちに気がついたのは、手塚が菊丸と付き合い始めてからだった。
2人が付き合ってると知ってショックを受け、そして初めて気がついた気持ち。
「今さら・・・・だよな」
大石はいつまでも手塚の後姿を見つめていた―――――。




「お〜いしっ!」
昼休み、廊下を歩いていた大石の背後から突然菊丸が飛びついてきた。
大石はびっくりしてバランスを崩す。
「わっ・・・・英二!?」
「勉強会の話、手塚から聞いた?」
「勉強会?・・・・あぁ4人でやろうってやつ?」
「うん、そう!明日の午後不二の家でやるんだけど来れる?」
「・・・・あぁ、明日は学校も部活も休みか・・・・。いいよ」
「よっしゃー!じゃ2時に不二の家集合ね!」

大きな瞳、くるくると変わる表情、いつも元気があって・・・・・英二は本当に可愛い。
誰からも好かれる英二だから手塚が英二を好きになっても不思議じゃないと大石は思う

「大石・・・・・最近元気ないね。どうしたの?」
菊丸が少し心配そうに大石の顔を覗き込む。
「何もないよ。大丈夫」
「そう?もし悩みがあるんなら、いつでも聞くよん。あんまり無理すんにゃよ」
菊丸は大石の肩をポンと叩き「じゃあ明日ね」と教室に戻っていった。
「悩みがあればいつでも聞くよ・・・・か」
大石は苦笑しながらつぶやく。
「言えるわけないよな・・・・手塚が好き、なんて」





「大石、紅茶で良かった?」
「あぁ、ありがとう、不二」
この勉強会にあまり気のりしなかった大石だが断る理由も見つからず、結局重い足を運んだ。
約束の時間より少し遅れていったのに、それでも大石が一番のりになってしまった。
「手塚と英二遅いね・・・先に始めてようか?」
「・・・・・そうだな」
2人はテーブルの上に教科書とノート、参考書などを広げた。
「今回、数学と英語の範囲広いよね」
「・・・・だな。こりゃタイヘン・・・」
少し沈黙が続いた後、不二がふいに口を開く。
「・・・・ねぇ・・・・大石ってさ手塚の事好きでしょ?」
大石の体が一瞬凍りつく。不二の質問があまりにも唐突だったので、言葉に詰まって返答する事が出来なくなり
沈黙が続いた。
「・・・なんで そう思うんだ?」
ずっとずっと完璧に隠していたつもりだったのに・・・・・・
「手塚と英二が付き合ってから、大石、手塚と話すの辛そうにしてたからさ・・・」
誰にも気付かれないようにしてたのに不二には気付かれてしまったのか――――
「好きだよ、手塚の事。でも手塚に伝えるつもりはない。俺が勝手に好きなだけだから」
その時ドアの向こうで音がした。大石と不二の会話が止まる。不二がドアを開けるとそこに菊丸が立っていた。
「英二・・・・」
不二と大石は今の話を聞かれてしまったと菊丸の表情から悟った。
「2人を驚かせようと思って・・・こっそり来たんだけど・・・・」
菊丸は今にも泣き出しそうな顔で「帰る」と一言だけ言うと走って出て行ってしまった。
「英二!!・・・大石ここでちょっと待ってて!」
そう言うと不二は菊丸を追って出て行った。
大石は頭の中が真っ白になってしまいその場から動けずにいた。


英二に知られてしまった。気づかれないように、ずっと隠して来たのに・・・・。
これからどうしよう。こうなってしまった以上普通にするのは不可能だ。


「・・・・どうすればいいんだよ・・・・」
大石は頭を抱え込んで深いため息をつく。
「遅れてすまない・・・・不二と菊丸はいないのか?」
その声でハッと頭を上げた大石の目の前に手塚が写る。
「・・・手塚・・・・」
手塚の姿を見た瞬間、大石は今まで耐えていた全ての感情が溢れ出した。
もうどうにもならない。
もうどうしようもない。
―――どうにでもなればいい。
大石は自ら手塚の傍に行き手塚を抱きしめた。
「大石?!・・・・どうした?・・・・何かあったのか?」
手塚が驚いたように言った。
「俺が手塚を好きだって事、英二に知られちゃったんだ。ずっとずっと隠してたのにさ。隠すのがどれ程辛かったかわかるか?俺が勝手に手塚を好きになって勝手に苦しんでるだけなんだけど・・・・・誰にも言うつもりなかったんだけど
・・・・・知られちゃったらもうどうする事もできないよな」
「大・・・・石・・・?」
「英二が嫌いな訳じゃないんだ。俺はただお前が好きなだけなんだ、手塚・・・」
そう言うと大石は状況が把握出来ずにいる手塚に口づけた。
手塚は驚いて大石を自分から離そうとしたが大石に抱きしめられていたので、思うように力が入らなかった。
大石は強引に手塚の唇を求め続け、その大石の苦しい想いを悟った手塚は抵抗を止めてそれを受け止めた。

しばらくして少し我に帰ったかのように手塚の唇を離した大石が言った。
「・・・・・・・・・ごめん」
手塚はまっすぐな瞳で大石のを見つめる。
大石はその手塚の瞳があまりにも綺麗で吸い込まれそうな感覚に陥った。
「不二は菊丸の所へ行ってるのか?」
いつもより優しい口調で手塚が言った。
「・・・・・・あぁ」
少し俯いて大石が答える。
「大石・・・・・俺はお前が嫌いな訳じゃない。ただ・・・菊丸が好きなだけなんだ」
それは先程大石が手塚に行った言葉と同じだった。

嫌いな訳じゃない。ただ他の誰かを好きになっただけ。そしてその想いが伝わるか伝わらないかで喜びや悲しみが
生まれる。

大石の胸の痛みはいつの間にかなくなっていた。
決して自分の想いが報われたわけではないけれど、伝えることが出来た。
そして手塚はその気持ちを受け止めてくれた。知ってくれた。
それだけで大石は幸せだと思った。

「うん、わかったよ。・・・・・ありがとう手塚・・・ごめんな」

大石は久しぶりに心がラクになったと、と思った。





「・・・・・それって結局フラれたって事じゃない?」
昼下がりの屋上で綺麗な青空を見上げている大石に不二が言った。
「うんそうだな。でも気持ちがスッキリしたから・・・・・言って良かったよ」

あの日、あの後、不二になだめられた菊丸が部屋に戻ってきて一番最初に言った言葉・・・・・・・
「大石ごめん。何も知らずに大石を苦しめてごめん。でも俺手塚が好きなんだ。愛してるんだ。・・・ごめんね」
菊丸の目には涙が溢れていた。
「いいんだ英二。英二が謝る事なんて何もない。俺が悪いんだ。手塚、英二ごめんな」
そう言った大石に手塚は
「誰も悪くない。好きと想う感情がうまく噛み合わなかっただけだ」
と言った。
手塚のその言葉で大石は重苦しかった心が軽くなり救われたような気がした。

「なーんか・・・・勝手に完結しようとしてるね。同盟組もうと思ってたのにさ」
不二がすねたように言う。
「・・・・同盟?」
「そ。片想い連合同盟。報われない者同志気持ちを分かち合おうってね」
「片想いって・・・・不二は誰に片想いしてるんだよ」
「まだわかんないの?大石って鈍感だよね。だから手塚にフラれるんだよ」
「フラれたって言うなよ。気持ちを聞いてもらっただけなんだから」
「その聞いてもらっただけってのがフラれたって事なんだってば」
その時、元気のいい声が飛び込んできた。
「あっ不二ー!!やっと見つけた!こんなところでにゃにしてんの。次は移動教室だよ」
「はい、はい。行きましょう」
そう言いながら手を繋いで歩く不二と菊丸の姿を見た大石は不二の片想いの相手が誰なのかようやく気がつく。
「ひょっとして・・・・」
その時ふいに不二が振り返り
「大丈夫。大石みたいに重いもんじゃないから」
と微笑んだ。

手塚への気持ちはやっぱり今も変わらないけど、それは少し前より優しいものになっていた。
時間-とき-が過ぎればきっともっと懐かしいものになっていくだろう。

実らなかったけど、少し痛かったけど、相手に受け止めてもらえただけで幸せ・・・・・・

今はそれで良しとしよう。

「あ、手塚!話ってなんだ?」
    大石は軽くなった心で手塚のところへ走って行った。




あとがき
三角関係・・・・・のはずが、気づきゃプチ四角関係
になってるじゃあーりませんか!!( ̄□||||!!すみません
キリリクありがとうございました。